くも行き
それは一月前のことだった。
トイレ掃除をしていると、右隅に小さな黒いゴミを見つけた。
トイレクイックルを折り畳み、角でゴミを取ろうとするとゴミはさっと消え去った。
ゴマ粒よりも小さいソレは、次の日もまた同じところに落ちていた。
また同じ様に取ろうとしたが、スルスルッと巾木の下へと逃げていった。
ん、生きてんの??
巾木の上あたりをよく見ると、細いクモの巣が張っていた。
どうやらゴミの正体はクモのようだ。
足は見えなかった。
足が見えないくらい小さなクモなのか、もしくは……!?
数日が経った。
今度は左の隅にいる。
息を潜めてそっとクモに近づいた。
スルスルっとまた逃げられた。
時には右。
そして左。
クモはまるで私を嘲笑うかのように移動を繰り返していた。
何せ隅っこだし、相手が小さ過ぎる。
でも、必ずこの手で仕留めたかった。
掃除機とスプレーは違う。
そう思っていた。
今度はまた左隅にポツンといた。
私は新兵器の爪楊枝を左手に隠していた。
狭いスペースに右手は使えない。
慣れない左手で戦うしかなかった。
(全くの余談だが、空手をやって左もだいぶ器用になった。)
更に息をひそめてそっと近づいた。
ホント、やっぱり小さなゴミにしか見えない。
こういう時、タイミングを待つと迷いが生じる。
迷いは無駄な動作を誘発し、挙句タイミングを逸する。
「ここだ」と決めたタイミングで一気に勝負するしかない。
とかなんとか思っているうちに爪楊枝を突き刺す、というかシュッと巾木と床の隙間に滑らせた。
クモは初めて私に足を見せ、迷ったのかこっちに向かってスタスタと歩いて来た。
およそ1カ月に及んだ(及んでしまった)戦いはようやく幕を下ろした。
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