考えない稽古
稽古は頭を使わなきゃいけない。
そりゃそうなのだけれど、考えない稽古も大事。
例えば空手の型をやったとする。
頭の中ではとてもシンプルだと理解しても、実際にやってみると出来ない。
覚えにくかったり不安が付きまとう、なんて経験あると思う。
私は、クラスでは答えやヒント、コツはどんどん言うようにしている。
「そんな時代」と思うからだ。
ただ「見て習え」の考えもやっぱり一理あって、生徒自ら答えをだそうとする意識は必要なので、稽古をしていく中でそこら辺は説明出来れば良いと思っている。
何はともあれ、結局のところ答えやコツをいくらこっちが伝えても、生徒自らが身体を使って何度も繰り返し稽古する中で、自分(個人)のコツや法則は見えてくるもの。
ホント、勉強や仕事、家事育児等、世の中なんでも同じ。
その繰り返しの稽古の中で大事なのが考えない繰り返しの稽古。
とは言え、考える稽古との併用となるけれど。
型の稽古の話だけど、型全体の把握って実はそんなに重要ではない。
1つ1つの基本の技と基本の立ち方(構え)の集合体が型。
基本の技や立ち方を先ず身につけて、他の動きに合わせて流れが形成される。
言わば物語の様なもの。
一つ一つの基本、コンビネーションを丁寧に稽古して結び合わせたその先に一つの型が形成される。
一つの基本がダメなら基本を、幾つかの技が繋がる一つの流れ(コンビネーション)ならばそれを。
そんな感じで各パートを分解して稽古すると良いのだが、生徒を見ていると正しい答えを先に考えてそれをやろうとする傾向にある。
まあ、当たり前な話だけど、つまりは少しでも不安があれば悩む。
頭で考えたら動作は止まる。
それを繰り返している内に、頭の中で稽古するようになってしまうのだ。
実際に、クラス中に1分や2分の時間を決めて、一つのパートを自由に稽古させてみた。
すると、殆どの生徒は毎回正解を考えてから動いていた。
だから、不安は拭えないし動きが決まらない。
咄嗟に動けない生徒が多い。
そこで、考えない稽古の登場だ。
大体の動きがわかったら、考える間を与えずに早いペースで繰り返す。
止まると考えてしまうので、やりながら気付いた箇所を修正するようにする。
20回なら20回、1分なら1分。
決めた回数か時間の間は兎に角繰り返す。
もしも動きや基本が判らなければ、そこで考えて確認する。
そしたらまた考えない稽古で試してみる。
これを繰り返していけば大体、身体で覚えることが出来るし、例え不安や緊張が襲って来ても身体は自然に「正解」へと動く。
組手や護身に活きる、私生活にも役に立つ、というわけだ。
課題との向き合い方、自分との向き合い方の参考にしてみては如何だろうか。
では。
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