自信と悔しさのミックスジュース / 2016ジャパンカップを終えて
大会が終わりました。
選手達、頑張りました。
勝っても負けても皆格好つけていました。
大会翌日も自信を掴んだ表情、態度と共に稽古に来ていました。
殆どの生徒が自信と悔しさを口にしていました。
“ココに稽古あり”。
また今度、そしてその次へと繰り返しのチャレンジと経験から、是非成長を実感して、さらなる大きな自信を掴んで欲しいです。
さて、型はそれなりに良いパフォーマンスが出来ていました。
全国的に見ると”なんとなく”やっている生徒もいましたが、やはり決まった立方や技、それに対する注意点、それらを確実に稽古すれば、審判の判定に惑わされない、それなりの自信と課題が見えてくるはずです。
中学生以上の上級者は自分なりの課題とアレンジも多少は出来ていました。
ただ、これは子供には難しい話ですが、もう少しイメージを膨らませ、感情を入れて技の緩急や力の強弱、リズムのコントロールが出来ればなおレベルは上がっていくと思います。
その点では組手に繋がっていて、恐怖や嫌気に包み込まれては、意地や意欲が掻き消され、どこかそつなくこじんまりした印象になってしまいます。
上手いのは確かです。
けれど、人を魅了するパワーやスピードや勢いがその分、慎重にまとまっている印象を受けました。
今回の大会稽古では、子供から大人まで、どうも下を向く生徒が多かったです。
どのクラスにもリーダーが不在でした。
道場単位で考えればリーダーは私です。
クラスのリーダーを作る事が出来なかった点でも、ここは私のクラス作りが甘かったのです。
そして、その甘さが組手ではよく思い知らされる結果となりました。
中学生は限られた稽古日数や極端な体格差とレベルの違いがあり、今は自分の課題、言わば自分との勝負をしながら、機を待つ他ない部分もあります。
ただ、顔に出てしまっても、出さない努力と意識や、弱音をはく危険さを勉強しなければなりません。
チャンスは必ずゼロではありません。
ですが、弱音はそのチャンスを自ら消すことになるのです。
嫌な組手から解放されたい、イコール早く終わらせたい。
ここからチャンスなど生まれるはずはありません。
どうも表情からは、そう読み取れてしまうのです。
小学高学年は今まで勝てていた事に私が慢心していました。
中学生ほどは無いにせよ、体格差がある相手に太刀打ち出来ませんでした。
これは明らかに私の指導が甘かったせいです。
あの優しい性格の子供達をどう持って行くか、暫く悩み挑んでいこうと思います。
さあ、時間は容赦なく進んでいます。
でも、確かにここでダラける必要もありません。
何故ならば、折角掴んだ自信です。
その実感や悔しさがまだ体に残っているはずです。
甘えや油断に足を引っ張られては勿体無い。
頑張ったからこそ潔く次に進むべきでしょう。
何はともあれ、今回も多くの生徒がチャレンジ出来た事を誇らしく思います。
生徒や親御さん、その他ご理解ご協力くださった方々、ありがとうございます。
早く次の大会を迎え、型はさらなるレベルアップを、そして組手はリベンジを果たそうと思います。
また、よろしくお願い致します。
ワールド大山空手東京練馬 高橋真次